菅直人内閣総理大臣【彼の主張・政策が分かりにくい】

昨日、菅直人内閣総理大臣が誕生した訳ですが、いまいち彼の政策と主張がわかりません。
鳩山さんにはあの「宇宙人」的な「訳の分からなさ」を大々的に発揮して貰って、過去の自民党政治の残滓をガンガンとスクラップ(&ビルド)してくれるのではないか、とほんの少しだけ期待していたのですが、菅さんにはそういう無茶な期待は出来そうになくて残念な気がしています。


むしろ「O-157」の時「カイワレ」の写真と「お遍路」さんの方が記憶に…(;´Д`)
 



信頼度は限りなく低いですが、ウィキペディアでの記述では…。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E7%9B%B4%E4%BA%BA#.E4.B8.BB.E3.81.AA.E6.94.BF.E7.AD.96.E3.83.BB.E4.B8.BB.E5.BC.B5

・防衛に関しては、自衛隊に治安維持活動、国際協力を行う部隊の創設を政策として持っている。
・台湾問題に関しては台湾の国連加盟を中国が容認し、国連加盟国同士の問題として国連の場で平和的解決を目指すべきと主張している[14]。
北朝鮮の日本人拉致問題・核問題について、政府の対応とは異なる発想の解決を目指すべきだと提唱。菅は新人議員時代に菅の先輩議員にあたる田英夫の求めに応じ、在日韓国人政治犯釈放の要望書に署名。この中には後年明らかとなる北朝鮮による日本人拉致問題の容疑者が含まれていた。その事実を事前に看破できなかったことが、公明党社会党など同じく署名を行った議員とともに批判をされた(辛光洙の項目参照)。しかしながら、近年の北朝鮮に関する言動は苛烈であり、西村眞悟の選挙応援演説の際に「フセインスターリン銅像が倒れた歴史の中で、北朝鮮のあの大きな銅像も倒れる日が来ると確信している」と発言している。この発言をとりあげた北朝鮮当局は、菅直人はもともと信念も政策も何も無い政治家だと一方的に非難、激しく個人攻撃を行った。菅の拉致問題への政策は、拉致被害者全員の原状回復・核問題の解決・国交正常化・経済支援の三本柱を別々に行うのではなく、パッケージとして行う政策を提唱している。
長崎県諫早湾干拓事業に対して、自然環境保全の観点から反対を表明していた。そして1997年4月、水門が閉められる正にその時間に現地事業事務所を訪問し、テレビカメラの前で「誰の指示でやっているのか。責任者を出せ」と述べた。なお、干拓事業を承認したのは当時厚生大臣であった菅直人本人であるという記述がネット上に散見されるが、これは誤りである。そもそもこの干拓事業は1989年から農林水産省の管轄によって行われており、菅が厚生大臣だった1996年には、水門や潮受堤防の本格工事に着手してから数年が経過している。ちなみに公有水面の埋立が承認された時の農水大臣は、自民党農水族佐藤隆である。
・菅は自民党議員に多い世襲を批判しているが、自身に関しては菅の長男である菅源太郎が、2003年の衆議院議員総選挙に菅家の本籍地でもある岡山1区から民主党公認候補として立候補した。この長男の立候補に関して菅は、地盤が全く異なっており、地盤・看板・カバンといった世襲の弊害の元を引き継いでおらず、世襲ではないと指摘。民主党内規では、同一選挙区の世襲を禁止しているため、菅の主張はこれに沿ったものと思われる。
憲法改正論議に対しては、代表時代に「日本の国のあるべき姿を示す新たな憲法を作る」とした「創憲」を唱えており、「憲法発布から60年目に当たる2006年までに国民的運動を集約する形で民主党として新たな憲法のあり方を国民に示せるようにしたい」と主張していた。
・首相の在任期間について「首相というのは少なくとも4年間は同じ人物が続けるべきだ。常々、鳩山首相にも言っている」[16]と述べた。一方、参院選自民党が大敗し、ねじれ国会となった際には「安倍首相が総理の座にいるかぎり国民が納得できる政治はできない」[17]などと早急に辞任や解散をすべきと発言している。
・日米関係について、「政治的には日米同盟が果たしてきた役割は大きかったし、これからもアジア、世界の安定のために最も重要な関係」だと述べた。