反省なき海上自衛官【あたご衝突:2自衛官、無罪主張「漁船に原因」 横浜地裁】

>あたご衝突 2自衛官は無罪主張

>長岩被告は「検察側主張の清徳丸の位置関係は私が見たものと異なる。作られた過失で刑事責任を問われるいわれはない」と述べた。

>後瀉被告は「亡くなられたお二人の冥福を祈りたいが、検察の主張する航跡、事実認定は事実と全く異なる。世論が紛糾し、ゆがんだ捜査が行われた」と訴えた。さらに「船乗りの常識に従い、通常の当直任務を行った。私の引き継ぎが長岩(被告)を混乱させ、事故の要因となったという事実は誤りです」と述べた。


結論から言えば、この2人の自衛官、長岩友久被告(左)と後潟桂太郎被告(右)には
刑事責任は取って貰わなければならない。

それが、一応は法治国家である日本のルールだからだ。
もちろん刑事処分は、起訴事実に基づき、厳正に法にのっとって行われるべきである。


しかしながら、仮に報道のとおりならば、
彼らの述べた内容を見る限り、この海上自衛官どもに反省はないようだ。


更に言えば、既に海難審判では、
>「主因はあたご側」と判断、あたごの所属部隊に安全航行の指導を徹底するよう勧告
という結論が出ている。


行政処分である海難審判と、刑事責任を問う刑事裁判は異なるが、
起こった事実に基づいて出された結論、
「主因はあたご側」が大きく変わることが有り得るのだろうか?


また、根本的な疑問だが、無罪を主張するのならば、
なぜ海難審判での裁決に不服ありとしないのだろうか?
http://www.mlit.go.jp/jmat/annai/tetuzuki/tetuzuki.htm
【提訴】
海難審判所及び地方海難審判所の裁決で懲戒処分を受け,その処分に不服のある場合は,裁決言渡しの翌日から30日以内に東京高等裁判所(専属)に裁決取消しの訴えをすることができます。


もしかして「懲戒処分」を受けていないから、裁決取り消しの訴えをしていないのか?
となると、海難審判での審判内容には不服はない=「主因はあたご」って認めているのか?


【御参考】


1.「海難審判所ホームページ」より
http://www.mlit.go.jp/jmat/annai/q_and_a/q_and_a.htm#Q7
Q7 海難審判と刑事裁判との区別はどのようになっているのでしょうか。
A 海難が発生すると,海難審判の対象となるとともに,警察,海上保安庁検察庁等が刑法等に違反しているおそれがあると判断した場合には,別途,刑事捜査の対象となる可能性があります。海難審判は,発生した海難につき,故意・過失のあった海技免許等の受有者に対し懲戒処分を行うことによって,海上交通の安全確保を目的とするものです。他方,刑事裁判では,被告人である個人に対して刑法その他の刑事法令を適用して個人の刑事責任を問うところに目的があります。


2.図説:イージス艦「あたご」衝突事故(毎日新聞 2008年6月25日)
http://mainichi.jp/select/jiken/graph/atagograph0802/index.html



http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100823k0000e040039000c.html
あたご衝突:2自衛官、無罪主張「漁船に原因」 横浜地裁
毎日新聞 - 08月23日 11:32)
 海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で漁船の2人を死亡させたとして、業務上過失致死と業務上過失往来危険の両罪に問われた元あたご当直士官の自衛官2人(起訴休職中)は23日、横浜地裁(秋山敬裁判長)の初公判で、いずれも無罪を主張した。弁護側は漁船側に事故原因があったと主張し、あたご側に回避義務があったとする検察側と全面対決する構図となった。
 起訴内容の認否で、争点の漁船の航跡について、衝突時の当直で元水雷長の長岩友久被告(37)は「道義的責任は感じているが、清徳丸の位置関係は大きく異なる」と主張。当直を長岩被告に引き継いだ元航海長の後潟(うしろがた)桂太郎被告(38)も「検察側の航跡図は真実と全く異なる。私の引き継ぎが長岩を混乱させたことはない。無罪を主張します」と訴えた。両被告の主任弁護人を務める峰隆男弁護士も「両名について無罪を主張します」と述べた。
 一方、検察側は冒頭陳述で、両船が衝突の恐れがある状況(見合い関係)になり、漁船を右方向に見るあたご側に回避義務があったと指摘。さらに、当直を交代した08年2月19日午前3時55分の時点で漁船との距離は約7.1キロで、他の船舶との距離が約7.2キロに接近した場合に避航を開始するよう定めたあたごの航行指針に反すると明らかにした。
 また事故時には操艦していない後潟被告の過失について「誤った引き継ぎで、長岩被告の回避措置を遅らせ、衝突の危険性を増大させた」と指摘した。
 これに対し弁護側は冒頭陳述で「清徳丸が右転しなければ、あたごの後方を航海していた。右転後も、あたごの警告信号を無視し進行した」と主張した。
 事故を巡っては横浜地方海難審判所が09年1月の裁決で長岩被告の見張り不十分などを挙げて「主因はあたご側」と判断、あたごの所属部隊に安全航行の指導を徹底するよう勧告した。【松倉佑輔、山田麻未、中島和哉】


◇起訴内容
 後潟被告は08年2月19日午前2時〜同3時55分ごろ、長岩被告はその後から同4時7分ごろの間、責任者の当直士官としてあたごを操艦。後潟被告は、接近中の漁船の動きを正確に引き継ぐ注意義務を怠り「停止操業中」と誤った申し送りをした。長岩被告は誤りに気付いた後も、衝突を防ぐ注意義務があるのに漫然と航行を続けた。2人の過失の競合により▽あたごが漁船に衝突して沈没させ=業務上過失往来危険罪▽船長の吉清(きちせい)治夫さん(当時58歳)と長男哲大(てつひろ)さん(同23歳)を死亡させた=業務上過失致死罪=とされる。


http://www.jiji.com/jc/zc?key=%a5%a4%a1%bc%a5%b8%a5%b9&k=201008/2010082300136
2当直士官、無罪主張=「作られた過失」―イージス艦衝突事故初公判・横浜地裁
時事通信社 - 08月23日 11:02)
 千葉県房総半島沖で2008年2月、海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突し漁船の父子が死亡した事故で、業務上過失致死と業務上過失往来危険の罪に問われたあたご元水雷長の長岩友久(37)、元航海長の後瀉桂太郎(38)両被告=ともに起訴休職中=の初公判が23日、横浜地裁(秋山敬裁判長)で開かれ、両被告とも無罪を主張した。
 海自艦艇の海難事故をめぐる刑事裁判は、1988年の潜水艦「なだしお」事故に次いで2例目。
 罪状認否で、長岩被告は「検察側主張の清徳丸の位置関係は私が見たものと異なる。作られた過失で刑事責任を問われるいわれはない」と述べた。後瀉被告も「私の引き継ぎが事故の要因となったというのは過ち」と主張した。
 長岩被告は事故発生時の当直士官で、後瀉被告は直前に交代して長岩被告に引き継いでいた。


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100823-OYT1T00344.htm
イージス艦衝突、「ゆがんだ捜査」と無罪主張
(読売新聞 - 08月23日 10:41)
 千葉県房総半島沖で2008年2月に起きた海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、業務上過失致死罪などに問われた当時の当直士官2人(いずれも起訴休職)の初公判が23日、横浜地裁(秋山敬裁判長)で始まった。
 衝突前の当直士官で元航海長の後瀉(うしろがた)桂太郎(38)(3佐)、衝突時の当直士官で元水雷長の長岩友久(37)(同)の両被告はともに、「検察の主張する清徳丸の航跡は事実と異なる」などとして、無罪を主張した。
 後瀉被告は「亡くなられたお二人の冥福を祈りたいが、検察の主張する航跡、事実認定は事実と全く異なる。世論が紛糾し、ゆがんだ捜査が行われた」と訴えた。さらに「船乗りの常識に従い、通常の当直任務を行った。私の引き継ぎが長岩(被告)を混乱させ、事故の要因となったという事実は誤りです」と述べた。